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 クレアは扉に耳をくっつけ、とめどなく流れる涙を拭くこともせず話を聞いていた。
 夫となった人の優しさが嬉しくて──悲しくて。
 わたしはもうすぐ捨てられる。それは花嫁になる前から決まっていたこと。
 ──ルイス様があんたを花嫁にするのは“ウチ”とのつながりが欲しかったからに決まってるじゃない。あんたじゃつながりにならないとわかったら、すぐに“過ち”を正しにくるわ。
 異母妹のこの言葉が間違いだった。けれど夫が、“醜くなったクレア”を受け入れてくれるはずはない。


 ルイスは、クレアの母が亡くなり父の態度が変わってから、初めてクレアに優しくしてくれた人だった。
 義母と異母妹の癇癪を恐れて、クレアに見向きもしなくなっていった使用人たち。
 母が生きていた頃はすごく可愛がってくれていた父も、手のひらを返したようにクレアに冷たく当たるようになって。
 ──図々しい子ね。あんたの分のケーキなんてないわよ。
 クレアの好物だと知るや、クリームたっぷりのケーキも食べさせてもらえなくなった。それでクレアは、パーティーの度にパンとクリームやジャムをくすねてこっそり食べるのを密かな楽しみにするようになった。

 ルイスと出会った一カ月前のあの時も、一人こっそり、滅多に食べられないごちそうを楽しもうとしていたところだった。
 あんなものを食べようとしていた自分が恥ずかしく、クレアは真っ赤になって俯いた。
 そんなクレアの手からルイスはあれを食べてくれて、「美味しい」と言ってにっこり笑ってくれた。
 眉をひそめられたり、馬鹿にしたように笑われたりしなくて、クレアはほっとしたのと同時にとても嬉しかった。
 それからのひとときは、まるで夢のようだった。
 まるで王子様のような素敵な男性との楽しい語らい。
 男性に優しくしてもらったことのないクレアが恋に落ちるのは簡単だった。

 ところが、その出会いはあっという間に悪夢に変わってしまう。
 遠くから呼ぶ声が聞こえてルイスはクレアのもとから去り、パーティーが終わった後、彼との結婚が決まったと父に教えられた。
 クレアを追い出せることになって清々したと嘲笑う義母と、“王子様”のようなルイスに身染められたのがクレアだと知って嫉妬に狂った異母妹。
 そしてクレアは、身も心もボロボロにされて、生まれ育った館を“追い出される”。

 花嫁衣装に身を包んでルイスのもとへ向かう時、クレアの心は冷え切っていた。
 ルイスはクレアを愛しているわけではないと信じ込まされて。
 “醜くなった”クレアを見たら、ルイスはそれを理由にクレアを捨てると吹き込まれて。
 実家に帰ることはできるわけもなく、婚家からも追い出されたら、他に生きていく術を知らないクレアは野たれ死ぬしかない。
 絶望に打ちひしがれるあまり、何もかもがどうでもよくなった。

 いや、一つだけ気になることが残っていた。
 ──わたしは長女のほうなのですが、お間違いではないでしょうか?
 自分が間違いで求婚されこんな目に遭わされているのだと思うと辛かったが、それでも確かめずにはいられなかった。
 クレアの質問に、ルイスは困惑したようだった。彼は慎重にパーティーでクレアと会ったことを確認し、それからほっとしたように答えた。
 ──じゃあ間違いない。僕が結婚したかったのは君だよ。
 この言葉が、どれだけ嬉しかったことか。
 けれど、喜びにほころんだ顔をルイスには見せられなかった。この後必ず、彼に失望されるか罵られるとわかっていたから。

 ──これでもう、あんたは誰の花嫁にもなれないわ。

 異母妹の残酷な言葉が頭の中に響き渡る。
 初夜を迎えれば、隠していたことが暴かれる。そうしたらクレアは、ルイスに嘘つき呼ばわりされて捨てられる。

 だが、恐れていたことにはならなかった。
 ルイスはクレアの心の準備がまだできていないと思って、初夜を行おうとはしなかった。
 ──君の心の準備ができたら、本当の夫婦になろう。
 その優しさが、泣きたくなるほど嬉しかった。だがそれから少しして「眠ってられるかぁ!」と叫んで出ていってしまったのは悲しかったけれど。何故突然あんなことを叫んで寝室から出ていってしまったのか、そして翌朝寝室に入ってきて自分の腕を傷つけいきなりキスをしてきた理由も未だにわからない。

 その翌日──昨日の夜も、ルイスは初夜を行おうとはしなくて(行おうとしたとしても、あの大惨事があっては無理だったとは思うが)。
 追い出される日がまた一日延び、ほっとするのと同時に、避けられない運命の訪れが怖くていっそ終わってしまえばいいとさえ思ってしまう。
 何故なら、ルイスが異母妹から聞いていたのとは違い、あまりにも優しかったから。
 その優しさに甘えてしまったら、後で苦しむことになる。それは父との関係で学んだこと。
 クレアは懸命に心を閉ざそうとするけれど、ルイスはクレアの拒絶をものともせずに根気強く話しかけ、クレアの心に入り込もうとする。

 夜の大惨事のせいもあって、クレアの心の守りは弱まっていた。
 だから、ルイスが満面の笑みで勧めるパンとクリームやジャムに、心が抉られる思いがした。
 わかってる。ルイスが知らないだろうということくらい。
 ルイスのクレアに対する労りは本物で、クレアと義母、異母妹との確執も、庭の隠れたところでパンにクリームやジャムを塗っていた事情も知らない様子だった。
 それなのに、クレアはルイスを責めるように泣いてしまった。

 涙が止まらず逃げ出してしまったクレアを、ルイスは追いかけてきてくれた。
 ──僕は君を一人で泣かせるつもりはないから、泣きたくなったら僕のところへおいで。
 その言葉が嬉しくて、また泣けてきてしまった。

 ルイスの胸で存分に泣いて、いつの間に眠ってしまったのか。
 気付けばベッドの中に寝かされていた。
 はっとして衣服を見れば、胸元は緩められていたけれど、着替えさせられてはいなくてほっとする。
 その時、隣の部屋から声が聞こえて、クレアはそっとベッドを下りて扉に耳を当てたのだった。


 “あれ”さえなければ、幸せになれたかもしれないのに。
 そう思うと泣けて泣けて、堪えても嗚咽が漏れてしまう。
 聞こえてしまったのか、近付いてくる足音がして扉が開けられた。
 とっさに身を引いたから、引かれた扉と一緒に隣の部屋へ転げてしまうことはなかったけれど、ルイスにベッドから抜け出し扉の近くまで来ていた姿を見られてしまう。
 一瞬驚いたように目を見開いたルイスは、泣き濡れたクレアの顔を見て心配そうに眉をひそめ抱き寄せてきた。
「気分がよくないなら、もう少し休んでいたほうがいい。──あ、そうだ。お茶の時間がまだだったから、お腹が空いてないかい? 僕がバカなことを思い付いたからケーキは用意できないかもしれないけど、クッキーにクリームやジャムを乗せて食べてみないか? 都会で流行っていたんだ。僕はそう甘いものが好きなわけじゃないから食べたことはないけれど、人気があったみたいだから、きっと君も気に入るよ」
 ルイスの心づかいが嬉しくて、クレアはルイスの胸に顔を埋めてまた泣いてしまった。


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